2025-10-28
9月中旬、喜界島サンゴ礁科学研究所が主催する「サンゴの方舟」航海に参加し、ゼリ・ジャパンが運航する「みらいへ」に乗ってきた。
心に強く残りすぎて、下船して1か月経っても、まだぷかぷかと海の上にいるような感覚なので、そろそろ陸に降りるために、ここで記憶を整理して、下船しようと思う。
サンゴの方舟航海は、洋上大学をコンセプトとして、研究者・芸術家・島民・学生を乗せて、喜界島から大阪まで向かう航海である。私は、曳航式ハイドロフォン(Towed Aquafeeler) を持ち込み、帆走中の音環境を収録するため乗り込んだ。船の大きさは帆船で高さがある分少し大きく見えるが、船幅は狭く、乗ってみるとコンパクトである。
バタバタと慌ただしくプログラムが進む中で、海を見て、海中音を聴き、海の揺れを感じていると、海の住人になったような不思議な気持ちになる。周りは静かで、音を出すのは自身だけ(実際は発電機の音がかなりしたが)。呼吸を止めて、目をつぶると、海中の透明人間になったようだ。これはラボで解析する時よりも、没入感がすごい。正直、この経験ができたのは、自分の研究人生の中で、受動的音響モニタリングの研究をする研究者として、非常に幸せなことだと思う。
できればまた同様の機会があれば、のんびりと素敵な海のシグナルを待ち続けたい。(自分が辛抱強い性格で本当に良かったと思う)
もう一つ研究でよかったことは、小型鯨類の群れを2度も見れたことである。1回目はコビレゴンドウ、2回目はハンドウイルカである。しかもそのうち1回は船のバウで波乗りをしていた。whistleも明確に自分の耳で聴くことができる。彼らが何を言っていたかは分からないけれど、会いに来てくれたようにも感じた。興奮で涙が出そうになった。私は彼らのこの声を聴いているのだと、彼らを知りたいのだと、再度思い返した。
研究は、感情の起伏がない方がうまく進むのではと思ったことが何度かある。いわゆるモチベーションに左右されず、淡々と客観的に、冷静に進める方が、より良い研究ができるのではないかと思ったためである。けれど、こういうプラスの感情、特に知りたいという欲求は、研究を進める上での原動力であり、生きていく限り尽きないのではないかと思う。私は研究者になりたくて今の職についているわけではないけれど、研究者という職業はとても気に入っている。好きなことを仕事にしていると胸を張って言えるし、そのためにより研鑽を積み、誇れる自分でありたいとも思う。外から見ると私がどのように他の人の目に映っているかは分からないけれど、一人でも多くの人に素敵な、魅力的な人だと思われるように自信を持って生きていきたい。
閑話休題。船の話に戻ろう。
帆船というのはシステマティックである。当たり前であるが、帆を張るためのロープと緩めるためのロープがある。ロープが甲板の至る所にあり、他の調査船では見ないくらい多くのロープがある。帆を張って風の力で動く、シンプルな構造ではあるが、それが中々難しい。帆船で出かけていた人たちは、不安ばかりだったろうが、風を待ち、自然を感じ、未知の世界に踏み出していたのだろう。
なぜ人は未知を求めるのか。船を漕ぐのか。今度有識者にでも聴いてみたい。
航海の途中ではショッキングな出来事もあった。後悔と、恐怖と、負の感情を深く持ち、様々なことを考え、何度も何度も顧みた。過去にはタイムマシンがない限り戻れないけれど、未来は変えられるから、反省とこれからの人生で後悔を少しにできるように、最良の行動がとれるように、できることを一歩一歩行っていきたい。
日がたっていくにつれて、だんだんグループができていったことは面白かった。話が合う人でなんとなくグループができていくのだ。これが社会か、と思うと同時に、なんとなく似た属性を持っている人同士が一緒にいることが多かったことが分かった。私は研究がバックグラウンドにある人と多く一緒にいたし、よく話していた。共通項は仲良くなるためのツールであるから、仲良くなりたい人との共通項を探すために人を観察することは重要だし、人見知りの自分がコミュニケーションを克服するために必要な能力なんじゃないかな、なんてぼんやり思った。
芸術家の人たちは、自身とは異なる視点で世界を見ている。音響も含めた作品を作成している芸術家の方と特に対話する機会をもらったが、直感的に音を理解しているようで、同じ音でも見方が違って面白い。特に、私が高いサンプリング周波数 (192kHz) の音を収録していることに対して、音が綺麗だね、とおっしゃっていた。可聴域外の音を取ると、音の厚みが変わるらしい。そういう直感的な視点は、世界をじっと考え続け、向き合い続けてきたからこそ成り立っているのではないかと思う。今回、作品に一部音環境を提供させてもらったが、今までにない経験で、自分の中の星を共有できたみたいで嬉しかったし、社会から少し逸れて、社会のためになっているか分からない研究を、社会の一部だよって肯定されているような気持ちになった。サンゴ研が掲げるアートと科学の融合自体は、まだ完全には理解できていないし、簡単に受け入れられるものではないけれど、理解し続ける努力をしたいと思う。
本航海で一番よかったことは、とにかく一緒に乗船した人たちが良かった。優しく、面白い人たちが多く、それぞれ夢を持って走っている、中々出会えない人生を歩んできた尊敬できる人たちだった。どの人たちとの話も興味深かったし、心が弾んだし、憧れた。同世代のクルーの子とは、同世代だからこその悩みや、同じ時代を生きてきた中で身に着けた彼の強さや優しさから学ぶことが多かった。
この人たちとこの航海で過ごした濃密な時間は、大事に大事に宝箱にしまって、私だけのこの人生を強く、より前向きに生きていこうと思う航海だった。くだらない悩みはいっぱいだけど、みんなが好きだと、癒されたと言ってくれた笑顔を常に明るく持って進んでいこう。
この出会いと航海に心の底からの感謝と精一杯の愛をここに記し、次の航海に向かおうと思う。
追記
一緒に乗船した研究者が書いたブログの文章がとても素敵だったので、引用する。
On this ship, we became family. We shared in that adventure, in both highs and lows. Everything we experienced strengthened our bonds and will lead to amazing things in the future, I am sure.
(この船で、私たちは家族になりました。私たちはこの冒険の喜びも困難も共に分かち合いました。経験したすべてのことが私たちの絆を強め、きっとこれから素晴らしい未来へとつながっていくでしょう。)